徳川埋蔵金(林修)の発掘結果が明らかに!その後大金を発見するのか!?

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どもっ飯朔です。

私は馬鹿でありまして、25年間続けてきた埋蔵金発掘番組を今でも観てしまいます。

「どうせ今回もハズレなんだろ?」と冷めた目で番組を観つつ、どこかできっと堀あててくれると信じる私がいるんですね。

今回は埋蔵金番組が最終回っぽい感じなので、埋蔵金の歴史や発掘した後の報酬について特集していきたいと思います。

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惜しい所で断念

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群馬県赤城山で3000億円とも噂される埋蔵金を見つけることが目的。

昨年の12月21日に放送された林修の歴史ミステリー 徳川家260年最大の謎 隠された財宝3000億円徹底解明スペシャルでは、人口的な5つの謎の穴を発見!最新の探知機で調べると謎の穴から金属反応がでた。

さぁ埋蔵金のお出ましかと、穴を掘った結果・・・「木の根っこなどがあり、無理に掘れない」という事で断念。スペシャ企画なのに埋蔵金は発見できず、完結は次回に持ち越すと説明し、歯切れが悪い状態で幕を閉じます。

そして今回5月6日に放送する、林修の歴史ミステリー 徳川家260年最大の謎 3000億円埋蔵金大発掘 最終決戦スペシャルで真実が明かされるんですね。

前回より上回る様々な重機や探知機で発掘を行い、埋蔵金探しに終止符を打ちます。

実際、どうして埋蔵金を隠したのか?

f:id:mongorianus:20170505020617j:plain事の発端は、江戸幕府明治新政府に城を明け渡すことから始まります。いわゆる江戸城無血開城ですね。

当時、財政難だった明治新政府江戸幕府の財産に期待してたのですが、明け渡された城の中をくまなく探すも財宝が全く無かったのです。

幕府の何者かが莫大な金を盗んだという噂が広まり「徳川埋蔵金伝説」となりました。

では、徳川埋蔵金はどうして”赤城山”にあるのか?ということですが

もともとは幕府の将来を憂慮した大老井伊直弼による計画だという。しかし桜田門外の変により井伊直弼が暗殺された後、腹心の林靏梁が幕府金の埋蔵を実施。

埋蔵する資金を当時勘定奉行だった小栗忠順に託し隠匿したと推定されたのです。

小栗忠順といえば、1860年に遣米使節として渡米しアメリカ政府に不平等条約の解消に取り組んだ知恵者。

その後も、勘定奉行として財政や戦略を取り仕切るなど、幕府に貢献します。

幕府が降伏したことから小栗は隠居。故郷が群馬県渋川市(旧勢多郡赤城村)の赤城山あたりだったことから、小栗は江戸から御用金を持ち出したのかもしれないと考えられたのです。

仮に埋蔵金が見つかった場合

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本来なら
民法241条により
>>埋蔵物は、遺失物法の定めるところに従って公告した後6か月以内にその所有者が判明しないときは、発見者がその所有権を取得する<<
こととなるが。

ある弁護士サイトによると、文化的な価値がある物を見つけた場合、自分の物にならない可能性が高い。

だが、発見者に何ももらえないというわけでなく、埋蔵金の価値の5%~20%辺りの報労金の支払わられるとのこと。

番組で発見された場合、番組製作陣又は番組のお偉い方へ渡るかもしれませんが、ここまで来たら報酬より発見する感激の方が大きいかもしれないですね!

果たして今回のスペシャルで発見できるのでしょうか?

5月6日の18:55に放送されます。

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